猫のひとりごと
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ボディソニック その@
「どこでもドアーのNO.6322の映像すごい。ボディソニックという単語で思い出したのですが鳥越のスポーツセンターへ遊びに行った時ランニングマシーンの横にゴージャスなマッサージ機のような黒いレザー張りの椅子が置いてあり、よく見ると手すりの部分にCDをセットするようになっていて椅子全体で音楽を楽しめるものでした。揃えてあったCDも迫力満点の曲ばかりで全身で音を感じるわけです。試聴後はドッと疲れました(笑)現実的にはオーディオと椅子の合体は故障したら修理が大変。ポルシェ911の音といいあのジェットコースターのような目が回りそうな体感はスカッとするよりこわくない?(笑)五木寛之さんも昔確かポルシェに乗っていらしたような。違っていたらゴメンなさい。ある年齢に達した時にはもう反射神経がついていかないからと車はきっぱりやめたようです。乗り物はヘルスセンターのぐるぐる回る電車で十分楽しいちゃー。パヤの助」
 追伸の「お大事にね しか言えないけど、お大事にね。」ええなあ これは詩になっとる 朝日やったか産経に詩のコーナーあったやろ  
NO.6336
2009年04月17日

辛口一献 そのC
 馴染みの店にしか足が向かんのはこのためです 大阪の某百貨店に入っとる元東京柳橋 福喜鮨なんか馴染みやのにひどいもんで店長のメガネ掛けた板前さんだけはいい感じでしたがそれ以下の奴らは人の彼女はジロジロ見よるわ千里にも店ができたから食いに行ったら梅田から店長に抜擢されよったにーちゃんがお前誰やとゆー顔しよるわ当時は若かったから辛抱しましたが今やったらタダでは済まさんところです 気持ちよくさせてくれた店のみ列記しますと神戸吉兆 幸鮨 銀ちろ白浜店 鳥新 八勝館 得月楼 角正 すし萬 与太呂本店 金城楼 三軒家の福寿司 おもろ本店 美々卯 たん熊本店 柴藤ぐらいしか思い浮かびませんな 仰せの如くズブズブの甘口では肴が台無しです 拙者の理想は刺身一品を熱燗でちびちびですかな 拙者らは早飯早糞世代ですからメタポになりまんねん いつまで食うとんねんとか言われた最後の世代ではないでしょうか ゆっくり食えば少量でも満腹します 金曜の夜はほんま最高であります かーちゃんのことを隊長どのと呼んでいる昨今であります
NO.6335
2009年04月17日

辛口一献 そのB
 適当な写真が見つかりませんでしたが唐墨といえば吉兆のおせちに入っている金箔を貼ったものを思い出します 金箔はパヤの助姐さんとこの名産でしたな 子供のころは金箔が珍らしゅうて金箔入りの日本酒の瓶を振っては飽かず眺めておりました 金はリウマチにも有効でしたな 杜仲茶もよいらしいですぞ 蛍烏賊はそれなりの料亭が出すものでなければ生臭くて食う気がしません とゆーか料亭ではあまりお目にかかりません 嵐山吉兆の出店が京都の某ホテルにありまして神戸吉兆と同じく一品ものを出すので行っとりましたらある日「うちは一品ものはやっておりません」とねーちゃんが言いよりましてな そんなことあるかいついこの前も来たけどあったやないかとゆーても「元々お出ししておりません」の一点張りやったのには呆れました 爾来二度と京都吉兆には行きません 金沢の「つる幸」も取材で行っとるのに鮒鮨を頼んだら高いですよとか座敷のお客さんは現金でいただくことになっておりますとか人の風采見て言いよってからは行きません もちろんカードで支払いました 予約したときに言えや 金沢で鮒鮨頼んだ時点でフツーの客やないやろ
NO.6334
2009年04月17日

辛口一献 そのA
 お〜いパヤの助 またご指名やど なんぞ書けよ〜 年増の芸者の割にはようお座敷かかるなあ 居間でいぇ〜いとかくっそ〜とかかーちゃんが大声出しとるからなにゆーとんねんと覗いたら新しく買ったプレステでゴルフのゲームに興じておられたのであった 酒の話はいちばん辛いですなあ まったくイケるクチではなく無理矢理覚えさせられた味なのに自分で覚えた煙草をやめることはできても酒はやめられません 二本飲まんと寝ることのできないヱビスの小瓶もきのうからは一本とゆー為体なり 生活に直結しとるだけに堪りません 鯨飲馬食してこましたろかとゆー気分ですがかーちゃんとめいちまがおるし・・・・ 先斗町は行ったことがないですなあ 祇園甲部 祇園東 先斗町 宮川町 上七軒とある京の花街のなかでは祇園甲部がもっとも格式が高いらしいですが酒好きでない拙者には縁がありません とゆーか隣に知らんねーちゃん座りよったら鬱陶しいのねんのねん 頼みもせんのに座られて金取られた日にゃ堪りません B薬品の元重役が北新地で「なんやおまえぶっさいくな顔しやがって どっか行け」と言いよりましたが自分もどっか行ってしまいよりました 
NO.6333
2009年04月17日

辛口一献 その@
「『こんなに遅くまで誰と飲んできたの』女房の問いかけの言外に、酒だけでない楽しみがあるに違いない・・・とは、拙書『職人暮らし』の一節なのですが、以前パヤさまより酒の話題を振って戴いたのを思い出しました。ただ、最近の日本酒はやたらと甘い。永年辛口で通ってきた銘柄までがズブズブに甘いのです。女性や若者に媚びた結果なのでしょうか? あれでは肴が生きてきません。嘆かわしや。『小五郎も竜馬も往きし先斗町オランダ人と冷やを飲む今』『わが前の白磁の皿に肥前よりはるばる来るからすみの色』『ホタルイカ花の如きを飲み込めば暗き喉もほの明るむや』 職人太郎」
 その一節よく覚えております 「小五郎も竜馬も往きし先斗町オランダ人と冷やを飲む今」→「小五郎も竜馬もゆきし木屋町で阿蘭陀人と冷や酒を飲む」 「わが前の白磁の皿に肥前よりはるばる来るからすみの色」→「わが前の白磁の皿に肥前よりはろばろ来るからすみの載る」 「ホタルイカ花の如きを飲み込めば暗き喉もほの明るむや」→「蛍烏賊の花の如きを飲み込まば暗き喉(のみど)もほの明らまむ」
NO.6332
2009年04月17日

笑いで血糖が下がる、という話もあります そのB
 笑うほうは気楽ですが笑わせるほうは大変でしてあれだけハイテンションな状態を続ければ反動が来るのは当然で拙者が表舞台から身を引いたのも同じ理由からです 106で「*」はやりすぎですな 本日は食欲なく朝から何も食わんとコーヒーばっかし飲んでおりましたらさすがにフラフラであります コーヒーはお飲みください(ただし無糖) 糖尿の予防には有効だそうです 仰せのごとく笑う門には福来るとゆーのは医学的にも正解で交感神経を緊張させるものはペケポンであります スポーツ選手がなべて短命なのもこのためです 拙者はいろいろ試してみて有効なものがあれば患者さんにもススメてみようと考えております まずは薬以外のものから始めます 医者が率先して人体実験をするのは理屈としても妥当であります 本日石原さとみちゃん似のお母さんが保育所に提出する書類を書いてくれとゆーて来られました やん吉が「お通ししましょうか」てなこと言いおるので「アホか いらんこと言うな」と窘めましたが内心ドキドキもんでした
NO.6331
2009年04月17日

笑いで血糖が下がる、という話もあります そのA
「追っかけよろしくあっちこっち聴きに出かけました 首を吊って人事不省、と聞いた時にはさすがにショックを受けましたが、18年も楽しませて貰ったのだからそれで良しとせねば、と思い直して今に至っています ただ嫁さんと知り合う前だったので、残された映像やら録音で一遍に枝雀ファンになった嫁さんとあの高座を一緒に見られなかったことだけが心残りです 血糖値の話ですが、御サイトでは『110』に直して戴いていますが、私が受けた人間ドックの基準値では『100未満』となっていて、106だった私の結果表(?)には異常を意味する『*』がついておりました いかに何とて2桁じゃないと異常、だなんて云っていた日にゃあそこらじゅう糖尿病患者だらけですよね 赤壁周庵」
 拙者もそのレコードを持っています これを超える名演はないですね 就中「親子酒」「高津の富」「延陽伯」「代書屋」「夏の医者」は傑作でして拙者もネタとしてパクらせてもらっております ずびばせんねえ 
NO.6330
2009年04月17日

笑いで血糖が下がる、という話もあります その@
「4月19日は二代目桂枝雀師匠の命日、亡くなってはや十年も経ってしまいました 昭和56年9月、札幌はSTVホールで初めて枝雀師匠の高座に接しました 舞台に登場するや否や、すぐ前の席に座っていたセーラー服のお二人さんが、出て来るだけでおかしい〜!と笑い転げていたのを今でも憶えています 後年、舞台に出てなーんにも話さずそれで笑って貰える芸人になりたい、という意味のことを云われていましたが、この時点で半ば達成していたのではなかろうか、とも思います それから僅か一週間後、大阪は西梅田のサンケイホールで初めての『枝雀十八番六日間連続公演』をおやりになったのですが(昭和60年にもう一度やっています)、学生だった私に札幌から大阪まで聴きに行かれよう筈もなく、後に録音(LPレコード)で飽かず聴きました その初日最後の演目、『蛇含草』のマクラで、『私の噺なんか、ひとつ聴こうが・・・六百聴こうが一緒なんですが』と云われていたのも妙に良く憶えています 六百とまでは行かないけれど、それから亡くなるまでの18年間、特に社会人になってからは、」
NO.6329
2009年04月17日

富国強猫 尊王攘夷 そのB
 ホムペの管理会社とようやく意思の疎通を図ることが出来た なんどもご投稿くださる方には拙者のメールアドレスをお知らせしているがホムペのトップページの左下の赤いポストをクリックすると出てくる投稿フォームからご投稿いただくと拙者の自宅ならびに医院のパソコンの双方に送信されるように設定したのでご利用くだされたい お知らせしたメールアドレスは自宅のものなので帰宅するまで見ることができない 週刊文春のグラビアのページを千切って隠していた仲間由紀恵嬢と石田ゆり子嬢の写真がかーちゃんにバレて( ・O・)ノ⌒●〜* ポイ!された 桜田門外の変は独断で不平等条約を結んだがために起きるべくして起きた 当然である 今日まで禍根を残すことになった 関ヶ原で島津義弘を最後まで追い詰めたことが災いしたということもあるかもしれない みんな毛唐南蛮どもの植民地にされないよーに心を砕いて奔走していたのである さんざん尊攘の志士を斬りまくった近藤勇も根は尊王攘夷派であったという これがために江戸幕府は潰れたのである きゃつらは邪教を布教してから軍隊を送りこんで奪い取るのを常とする 秀吉も家康もそのことをよーく知っていたからキリシタンを弾圧したのである 
NO.6327
2009年04月17日

富国強猫 尊王攘夷 そのA
 もうひとり 奈良の松華庵の松鳥栄子さんもよくあたる 驚いたのは拙者のオヤジの七代前の先祖がロクに供養もされていないからお参りしなさい とここまではよい この人オヤジのふるさとがどこかなんてことはまったくご存じではないのに川の手前右手に小さな神社があってその向いの山を少しく上ったところにお墓があるでしょう そこから左のほうに林を進むと石が上下にふたつ二人分並べて積んであるからそこへ一升瓶を掛けて来なさいと言われて半信半疑でオヤジと龍神温泉の近くまで出かけたら人の踏む小径の下に石があった 少し掘ると冬眠中の雨蛙が出てきた にゃん吉が死んだとき途方に暮れて訪ねたら「怖かったとにゃん吉がゆーてるわ」と言われて愕然とした 拙者が短気を起こして大声を出したりするのが怖かったのに違いない 慙愧の念に堪えなかった 俳句と短歌とどちらがよいか有名になれるかと訊いたとき短歌がええ絶対有名になれると言ってくれたのもこの人である 霊的なことをよくあてる 言海さんとお使い分けになられるのがよい 共に要予約
NO.6324
2009年04月17日

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